ホンとのところ

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加藤シゲアキ『オルタネート』(新潮社、2020)

久々に、日本のエンタメ小説、いいなって思った気がする。

久々なのは、日本のエンタメ小説に良いものがない、というわけではなく

自分が最近この手の小説にふれてこなかっただけである。

 

舞台は東京の私立高校、円明学園高校。ほとんど今の日本と同じだが、異なっているのは高校生専用のSNSマッチングアプリ「オルタネート」が存在することだ。このアプリは高校生必須とも言える広がりを見せている。

「オルタネート」に振り回されながら多感な時期を送る三人を軸にして物語は展開する。円明学園高校の調理部三年生の新見蓉(にいみいるる)。オルタネートのマッチング機能の信奉者、同じく円明学園高校一年生の伴凪津(ばんなづ)。大阪の高校を中退し、円明学園高校に通う幼なじみに会いに東京にやってくる楤丘尚志(たらおかなおし)。

三人それぞれの物語が進行しながら、最後に絡み合って大団円を迎える手つきはエンタメの王道。それぞれの登場人物が悩みに向き合いながら成長する青春小説としてもうまい。

設定だけ聞くと殺伐とした展開も考えられる「オルタネート」だが、アプリの是非、といったことはこの小説では展開されない。それがある世界というのが前提条件としてあり、その中でどうやってそれと折り合いをつけ、生きていくのかということに主眼が置かれる。

悪人は一人も出てはこない、と言いたいところだが、一カ所だけ悪意を充満させた存在が登場する。ネット配信番組のスタッフたちだ。

料理の鉄人」を彷彿とさせる料理バトル番組の高校生版「ワンポーション」が作中に登場する。多くの高校生が注目するネット配信番組だが、この中でいとも簡単に出場者のプライベートを生放送でさらす行為が出てくるのだ。

小説全体が、エンタメとして読者に過剰に受け取られないようにコントロールされているのに、この箇所だけ「ここまでひどくないだろう」と思ったのだが、そこではたと気づく。

三十代の著者が描く高校生活のほうが、彼にとってはフィクションに近く、現役バリバリのアイドルでもある著者が描くメディアのほうが、よほどノンフィクションのはずである、と。

だから、むしろ、抑制して描いて、これなのではないか。現実よりメディアの悪意を色濃く書くことがあるだろうか。知っている世界だからこそ、フィクションとノンフィクションの距離感を測り間違えたのではないだろうか。

うがった見方をしてしまったが、本当に小説のこの箇所だけが「過剰」に感じるのだ。著者は高校生たちを温かく見守り、大切に描いている。

 直木賞は逃してしまったが、本屋大賞にもノミネートされ、ますます多くの読者に届くだろう。

久々に読んだ私が言うのもなんだが、日本の青春エンタメ小説、いいぞ。

 

オルタネート

オルタネート