ホンとのところ

日々のあれこれ、本の話題など

末續慎吾『自由。』(2020、ダイヤモンド社)

現在40歳で現役陸上選手の末續慎吾さんが、陸上人生で感じたことを綴ったエッセイ。

印象的な言葉をいくつか。

 

〈恐怖と向き合うのは「勇気」のいることなんです。ある意味、「恐怖」があるから「勇気」が生まれるとも言える。僕は相当時間をかけてこの恐怖と向き合っていたと思う。〉

これは、末續さんが初めてオリンピックに出場したときに、外国人選手との圧倒的な体格差を前にして、恐怖を感じたときにどう対処したのかを語った部分ですが、予め恐怖と向き合ってきたからこそ、勇気を発揮できたのだとおっしゃっています。勇気の前提に恐怖がある、というのは、私には意識できてない部分でした。

 

〈走ることが好きという根本が変わらなかったからこそ、今も僕は自分にできる走りをしているし、今できる生き方をしている。どんな結果が出ようと、その結果に応じた続け方はたくさんある。〉

コロナ禍で、高校のインターハイが中止になったことを受けて、もし自分がインターハイに出られなかったらどうなっていただろう?と自問して、それでも自分はきっと走り続けているだろう、と応えた部分。〈どんな結果が出ようと、その結果に応じた続け方はたくさんある。〉というのは、いろいろな人の様々なシチュエーションにも当てはまるな、と。続けることの原動力は、たまたま出た一回の結果に左右されないのだ、というのが私にも力強く響きました。

 

〈理想を目指す気持ちは、自分が前に進む原動力になる。でも、あまり意固地にならないで、目の前の現実に合わせて自分を変えていくと、意外に見つけられるものがたくさんある。〉

「理想の自分」は変化していく、という話の中で。この一年、コロナのせいで目の前の現実に振り回され続けたので、末續さんの言うような態度でいることはしみじみ大切だなと思います。

 

2008年のオリンピック、400mリレーで銅メダルを獲得してから、重いうつ状態になり会話もままならなくなって、三年かけて競技場に戻ったという深刻な吐露から始まるこのエッセイ集は、でも語り口は軽く、とても読みやすい一冊でした。

何かを極めた人の言葉には、心を動かすものがありますね。今回は一般向けに広く浅く書かれていますが、少し突っ込んだ、深い話(技術的なものでもいい)を読んでみたいなと思いました。私は陸上競技はやったことがないので技術的な話はついていくのが精一杯そうだけれど、おそらく生き方の参考になることがたくさんあるはず。そういう深い人間洞察の引き出しを、豊富に持っている方ではないかと思いました。